1966年(昭和41年)6月5日発刊 神中サッカー・クラブ編集兼発行者
(非売品)です。
岩谷俊夫(神中43回) 岡島昌彦(神高10回) 有野康正(神高12回)。
チョーディンの記述は何ヵ所か出てくる。
P41 大正12年度 宿願達した初の優勝に「チョーディン氏のコーチ」という
一項がある。
P48に「第一回黄金時代はどうして生まれたか」の中にチョーディン氏の
コーチ
が、丁度御影師範がこのコーチを招いて一週間位教えを受けた事が
あった。そのチョーディン氏を範多先輩などが宝塚歌劇に招待したついで
に(計画的に?)宝塚のグランドで一中のサッカー部を半日ばかりコーチ
してもらったのである。それまでわれわれは先輩たちの掛声に追い廻され
るように、我武者羅に走り蹴り滑っていたのだが、チョーディン氏コーチに
よっていろいろな基礎プレーの型を教わった。インステップ・キック、サイド・
キックなどのキックの基本、正面タックル、スライディング・タックルなど基本
ショートパス、スルーパスなどのパスの基本、等々を理論整然と教わった
のであった。僅か半日のコーチではあったが、以後われわれは懸命にこの
基本の型を見につけたのである。持ち前の器用さに熱心な研究と修練は
折角チョーディン氏を招いた肝心の御影師範以上にその基礎プレーを
マスターし、やがてこの「ミカゲ」を見事倒したのである。後年サッカー界
恐れられた「神戸一中のシュートパス戦法」はかくして生まれたのである。
ここで私が強調したいのが僅か半日のコーチであっても、受ける方にその
素質と真剣な研究心と、そしてたゆみなき鍛錬を行う意志があれば、
目的の完遂も決して不可能ではないという事である。以下略・・・